|
WEBサイト ![]() 店舗案内・ネット通販・ギャラリー情報・フェア情報など アセンス書店日記は、大阪の書店心斎橋アセンスの芸術書・洋書担当スタッフによって運営しています。 ツイッターも随時更新中! ![]() 心斎橋アセンス 大阪市中央区心斎橋1丁目6番10号 tel:06-6253-0185 mail: info◎athens.co.jp ※◎を半角の@に直してください ![]() 新店舗『ARDOUR(アーダ)』の店内案内・商品情報・フェア情報など アセンス情報局
検索
カテゴリ
以前の記事
2012年 05月
2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 09月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 お気に入りブログ
ファン
|
6年の歳月をかけ、離島で暮らす人々の日常を活写した百々 武写真集『島の力』初めてお会いした百々武さんは、190センチを超えるかと思うほど背の高い方なのに全く威圧感のない、とてもやさしい印象でした。このやさしい笑顔でその土地に暮らす人々と接し、人や土地の写真を撮って来られたのだと納得できました。 旅が好きな人、旅の写真を撮られる方はたくさんいらっしゃいます。誰でも旅はできますが、旅で人と接してその愛情を感じる人でなければ良い写真は撮れないのだろうと思うのです。百々 武さんの写真にはその愛情があります。今回は、そんな写真家 百々 武さんへ写真集『島の力』のことなどをお伺いするインタビューです。 Q1 「 旅 」は、百々さんにとってどういうものですか? A 高校生のとき沖縄に赴任していた親戚をたずねるため、新品の大きなバックパックを担いで、大阪港より沖縄まで48時間、はじめての船の旅にでかけました。台風が接近していたのですが船は出ました。 意外と込み合う雑魚寝の2等船室。終着が台湾の船でしたので、聞き慣れない言葉を話す人が多く居ました。そのときに漠然と国境を意識しました。高校生の僕の旅情は早くも高まり雨の中デッキに出て小さくなっていく大阪港の明かりを眺めました。出航まもなく台風の影響で船体は大きな揺れにかわりました。重油と排気ガスの臭い。襲ってくる吐き気でビニール袋を手放せませんでした。子供の泣き声で眠れず飛行機に乗らなかった事を後悔しました。しかし、船ではたくさんの旅人たち(年上)に出会いました。 海外放浪の話、野宿での失敗談、なんて素敵なんだろうと胸をときめかせて聞いていました。一人の旅人は沢木耕太郎の『深夜特急』を貸してくださいました。その時、沖縄で体験した青い空、青い海がどこまでも広がっていた風景も残っているのですが、飛行機を選んでいたら随分違っていたように思います。当然帰りも船で帰りました。 星野道夫さんの『旅する木』に、“その日その日の決断が、まるで台本のない物語を生きるように新しい出来事を展開させた。それは実に不思議なことでもあった。バスを一台乗り遅れることで、全く違う体験が待っているということ。人生とは、人の出会いとはつきつめればそういうことなのだろうが、旅はその姿をはっきりと見せてくれた。”とあります。 ここではないどこかへ出かけるプロセスの中での出来事や出会いに胸を躍らせています。港で行き先を変えることもあります。予定は未定な旅。目的地がある訳はなく、どこかで途中を続けているように思います。 旅の写真はいつ頃からはじめられたのですか? 旅=写真という形はいつからですか? Aこれは写真をはじめたきっかけにもなるのですが高校を卒業するときに就職も進学も考えておりませんでした。父(百々俊二)が写真家で兄(百々 新)も写真をはじめていました。僕は写真に興味がなく、給料がいいからと高校生のときからはじめた土建業のアルバイトを卒業後も続けていました。夏が来てこのままでいいのかな?と考えるようになりスケートボードやパンク(メロコア)に影響を受けていた当時の僕はさらに石川 好の『ストロベリー・ロード』を読んで、じっとしてはいられなくなり、アメリカ西海岸に行ってそういった文化を体験したいと、カリフォルニア州オレンジカウンティにある語学学校の大学に編入できるコースに留学しました。留学生は圧倒的多数がアラブ人。高級車を乗り回す彼らは純粋で食事をおごってくれるので大好きでした。 たまたま訪れた美術館でウィリアム・クライン、リー・フリードランダー、のプリントを見ました。モノクロームで切り取られた街区の写真に心を打ち抜かれました。それから父から借りていたコンパクトカメラで街並を撮ったりしたのですが人物に向けて怖くてシャッターが切れない。撮りたいけど撮れないもどかしさ。それから写真を撮りたいと強く思うようになりました。どこかにでかけることが好きだったのでカメラがあれば出かける理由にもなるだろうと思い帰国しビジュアルアーツ大阪に入学しました。不安と緊張でいっぱいになりながら人に声をかけ撮影させてもらえた時、嬉しかったです。カメラは人と知り合える有効な手段だと確信しました。フィルム現像、暗室でのプリンティング。赤いセーフライトのなか、薬品の中からゆっくり浮かび上がるイメージ。何が写っているのか目を凝らす。快感でした。撮影とプリントを繰り返しました。夏休みと冬休みにカメラを持って撮影旅行。あの大国に戦争で勝った国ベトナムへ。言葉は分からないがカメラを手に人との出会いがあった。むき出しの生活があった。2年時は写真家有元伸也氏の撮影に同行させていただきチベットへ。ここで生きている人がいる。自分は知らないことだらけで世界は広い。こういった体験から海外もいいが日本を歩きたいとも思い、現在に至ります。 東京都写真美術館主催の「日本の新進作家 vol.8 出発」に選ばれた経緯、感想を聞かせてください。 A 2003年よりはじめた日本の離島を巡るシリーズは全く発表することもなく撮影→プリントを繰り返しておりました。今までの写真をまとめてみたいという思いから東京南阿佐ヶ谷の写真家尾仲浩二さんが自主運営されているギャラリー「街道」で2009年1月、北海道の島で撮影した写真展を開催しました。そこに東京都写真美術館の学芸員にお越しいただきました。「面識ないし案内状も送ってないのになぜ??」と思っていました。それから数日後、日本の離島を巡るシリーズを見せてほしいと連絡があり「日本の新進作家展」の企画が「旅」で、このシリーズの出品を決めていただきました。なんとゆうか、膝がガクガク震えました。いつかは美術館での展示ができたらと思っていましたが、こんなに急に訪れるなんて。今までの作業、日本の離島の写真を考える時間がはじまりました。 主に広告写真、ファッション写真を中心に活躍されている写真家(ZIGEN氏)のアシスタントをされていましたが、コマーシャルフォトと旅の写真との違いはどういうところにありますか? 捉え方がまったくちがうものですか? A ほとんどの撮影がスタジオで行われました。光を作り背景を作り被写体を作り上げていく作業。何もない所から作り上げていく撮影は勘や感覚などは通用しない世界でした。そこで技術や仕事をしていくイロハを学びました。当時はポジフィルムを使用しておりました。そこで露出、現像がいかに写真に大事かを叩き込まれました。撮影の仕事以外の日は作品撮影。ダンサー、彫師、ドラッグクィーンなど師匠が出会った方々の撮影。写真三昧の日々。写真のこととフリーランスに必要なことを3年間学ばせていただきました。そしてフリーになり撮影の仕事をしながら日本の離島を撮影しています。作品撮影は何の制約もないので様々な選択肢の中から1つずつ決断し撮影→プリントを繰り返します。撮影仕事の時は制約のなかでカメラマンとして何ができるかを考えます。どんな撮影でも、やり直しが効かないので緊張感があります。違うようで似ていて、似ているようで違いますね。 小説家アーネスト・ヘミングウェイの自伝的大作『海流の中の島々』に感銘を受けられて、写真展名を同タイトルに決められたのですか? A美しく凶暴な自然、熱のある人間の裏側にある葛藤。ヘミングウェイの『海流の中の島々』に感銘を受けておりました。写真集を制作するにあたりタイトルを決めるのになかなか生まれてこないで苦しんでおりました。『海流の中の島々』は写真集のタイトルにしたかったんですがヘミングウェイ大作のタイトルなので使いませんでした。が、このタイトルをつけて発表したかったので、写真展のタイトルを『海流のなかの島々』にさせていただきました。 書店に自身の写真集が並んでいるのを見た時の気持ちを一言お願いします。 A 学生の頃から写真集を見にきていたアセンスに写真集が並んでいるのを見た時は本当に嬉しかったです。はじめての写真集出版を体験しました。版元の稲田紀男さんのお力添えがあり大変感謝しております。この体験を次回作(出版は未定ですが)に反映させますのでご期待ください。 好きな写真家はいらっしゃいますか? 特に好きな写真集はありますか?A ブルース・デヴィットソン1966年から1968年までニューヨークのハーレムで暮らす人々を大判カメラで撮影された『 East 100th Street 』1970年の初版を専門学生のとき図書室で見て衝撃でした。それから、33年を経た2003年に再版された写真集を購入しました。踏み込むこと、関わることの覚悟、被写体を自分の手法や見方に収めない写真に圧倒されました。 これから撮りたいものは何ですか? 行きたい場所はどこですか A 10年間過ごした東京から2009年春、奈良に拠点を移しました。奈良で育った僕の通っていた高校は電車とバスを乗り継いで1時間の大宇陀高校。学校の近くにあった八咫烏(ヤタガラス)神社、吉野の地酒はヤタガラス、日本書記には神武天皇が八咫烏(ヤタガラス)に道案内をしてもらいます。奈良に育ったが知らないことだらけで、この土地を見てみたいと思うようになりました。そして伝説に誘われるように奈良の南へ。圧倒的な自然、その自然と共に生きる人と八咫烏(ヤタガラス)の伝説を巡る撮影をはじめました。以前訪れたアラスカの地には渡りガラスが人間を創った伝説があります。中国は太陽神が三本足のカラスであったり。さまざまな土地に伝説、逸話があります。今後、カラスを追って出かけて行きます。 百々さんが本をお好きなのもよくわかる興味深いインタビューでした。 旅=写真=小説がリンクして、そこへ屈託のない笑顔で人と接する百々さんのコミュニケーションがプラスされ作品ができあがっていくのですね。 これからの百々さん、八咫烏(ヤタガラス)の写真にも大いに期待できます。 ![]() 百々武写真集『島の力』 本文174ページ/21.4 x 20 x 1.8 cm 価格¥3,570 ★『島の力:百々武』アセンスウェブページ <百々 武 (どど たけし)> 1977年、大阪生まれ。 1999年、ビジュアルアーツ・大阪卒業 2000年、写真家ZIGENに師事 現在、大阪に在住しフリーカメラマン、ビジュアルアーツ・大阪非常勤講師 百々 武オフィシャルサイト → http://takeshidodo.com 2001年度第23回キャノン写真新世紀優秀賞受賞などで知られる佐伯慎亮 初の写真集『挨拶』 写真を始めてから今に至るまでの約10年間撮り溜めた写真からまとめられた写真集『挨拶』についてを中心にお話をお伺いさせていただきました。 より一層興味深い写真集となり、写真家への興味もそそらえることだと思います。 ぜひご一読ください。 Q1 20歳の頃のインドの旅で撮影した1枚の写真。その後、そっくりの風景を目にして、とても衝撃を感じ、「この2枚の写真をつないでみたい」と歳月をかけて作りあげたのが、この写真集『挨拶』ですよね? A「仏教の修行の中に、遺体を骨になるまで見届ける白骨観というものがあって、そのような体験がしたくてインドの旅に出ました。ガンジスの川のほとりで出会った遺体に3日間ほど会いに行き、遺体と同じ時間を過ごしているとなんだか親近感がわいてきて不思議な感覚になって、最後の日、その人へお経を唱えて写真を1枚だけ撮らせてもらいました。(右記画像) その写真はほとんど人には見せていませんでしたが、2年後、大阪でこの時の光景を彷彿とさせる風景に遭遇したのが、池のほとりに捨てられたバイクの残骸。びっくりして、こちらは何枚もシャッターを切りました。(左記画像)その時から、この2枚の写真を繋いだ作品集を作りたいと強く思うようになりました。そうして何年かかけて、インドとバイクの間を埋める作品を撮りためて、やっと本を作ろうということになったんですが、写真選びの段階で、それまでギャグっぽい笑える写真が中心だった作品群から、その2枚を核に置いた繊細な写真選びをするように心がけました。人でもバイクでも同じこと。インドで感じたことは日本でも何処でも感じようと思えば感じられることなんだと。でも、この写真集『挨拶』が完成したことで、ようやくインドとバイクの呪縛から解放されたような気分でもあります(笑)。」 ![]() Q2 その2枚を繋ぐための他の写真は、すべてその後に撮ったものですか? A 「いや古いモノもあります。一番古いのは、僧侶であるじいちゃんが戦没者慰霊団に付き添ってフィリピンのレイテ島を訪れる際に僕も同行して撮った写真です。(P.)人間にとっては慰霊のための厳かな時間が流れているのに、アヒルはそんなの知らないよって感じでヒョコヒョコ歩いている。 そこに流れている時間は一つだけではないんだとハッとさせられました。こういう瞬間、いろんな事がごちゃ混ぜになった世界を写真で表現していきたいという目的が明確になった1枚です。」 写真家であり、バンド「アウトドアホームレス」のボーカリストでもあり、僧侶でもあるのですか? 「死生観」は僧侶であるところの影響が大きいですか? A 「ライブハウスがとても面白くて、難波BEARSは僕の写真には無くてはならない存在です。写真には音楽の場面はあまり登場しませんが、BEARSで見るいろんなミュージシャンが命を削って絶叫している姿に勝手にライバル心を燃やして写真にぶつけていたんだと思います。そうする内に友人達とバンドもやるようになりなした。楽器はできないんですけどね。 僧侶の仕事は実際にはしていませんが、修行を終えたことで僧侶の資格はあります。代々伝わる寺に生まれ育ちましたが、じいちゃんや父親の僧侶としての姿を見ていても何をやっているのかなかなか理解できなかったんです。でも家族からは僧侶になるように言われ続け、写真をやりたかった僕は家族を納得させるためにも真言宗醍醐派の総本山「醍醐寺」へ1年間の修行へ向かいました。その時の教えや修行は、とても興味深く、自分の中で大きな経験となったのは間違いないですね。今ではお坊さんをとても尊敬しています。」 「挨拶」というタイトルを選んだのは? A 「まず存在が当たり前のモノにしたかった。いろいろ考えているうちに「挨拶」という言葉にひっかかる。「こんにちわ」から「さようなら」の間、「生」と「死」の間にあるあたりまえのモノ。飯沢耕太郎さんも評論集『これが写真だ!クロニクル2009』で記載がありますが、仏教用語としては「問答を交わして相手の悟りの深浅を試みる」という意味もあるようですね。ぴったりなタイトルだと思っています。」 紅白幕の表紙写真選びについて A 「こうゆう内容なので、暗い印象になりがちなところをとにかく明るいモノにしたかった。死は決して悲しいだけのものではなくて、生をまっとうして自然へと還っていくという喜ばしいものでもあると思うんです。だから、紅白幕の写真で囲う表紙にしました。 この紅白幕の表紙写真は、ミュージシャンの三上寛さんが、2010年3月20日に発売したCD『弥吉』のジャケットにも起用して頂いているんですよ。ずぅっと憧れていた人なので、すごくうれしいです!!」 写真プリント又は写真集をご覧になった方のコメントで印象的なものはありましたか? A 「思っていた以上にいろいろな方から褒めて頂きました。普段僕が写真をやっていることをあまり知らない人から「驚いた」とか「良かったよ」と言われるのが本当に嬉しいですね。」 書店に自身の写真集が並んでいるのを見た時の気持ちを一言お願いします。 A 「すごく、うれしかった。大阪芸大の時からずっと馴染みのあるアセンスに並んでいたのは本当に感動でしたよ。」 好きな写真家はいらっしゃいますか? A 「ティルマンスの一枚の写真から発する強い力、バランスの良さがとても好きです。特に写真集「Burg」(絶版)は、はじめて友達に見せてもらった時に衝撃が走った。すぐにアセンスへ買いに行きましたよ。学生の僕には高かったですけどね(笑)、迷わず買いました。あとやはり藤原新也さん。他にはブレッソンのような決定的瞬間をおさえたモノは理屈なしで好きです。梅佳代ちゃんの写真なんかも好きですね。」 *ヴォルフガング・ティルマンス ロンドンを拠点に世界で活躍中のドイツ生まれの写真家。 *アンリ・カルティエ・ブレッソン 20世紀を代表するフランスの写真家。2004年逝去。 今後、撮りたいものは何ですか? A 「ポートレート。人を撮りたいと思う。説明も要らないようなポートレートが撮りたい。」 今までに私も写真をたくさん観てきて、ポートレートは撮る側も見る側にとっても、かなりの「上級者」だと思いますね。 A 「そう思います。むずかしいですよ。でも、撮りたい。だから、撮りたい。」 佐伯慎亮さんは、感受性がとても豊かでまっすぐな人でした。 十代の頃からの話をお伺いしていても、その頃の心と変わらぬ良さを持ちながら、人として写真家として奥行きを広げながらパワーアップされてきたのだと想像します。 「死」を思うことも、「生」に対してまっすぐに向き合っているからこそであり、そんな佐伯さんが私には眩しくてスゴく素敵でした。 佐伯慎亮写真集『挨拶』デザイン:町口 景(マッチアンドカンパニー) 本文100ページ/日本語, 英語/27.6 x 22.4 x 1.2 cm 価格¥3,150 ★アセンスウェブページへ <佐伯慎亮 (さえきしんりょう)> 1979年、広島生まれ。写真家。 2001年、第23回キャノン写真新世紀優秀賞受賞。2003年、大阪芸術大学写真学科卒業。 2008年、映画「あがた森魚ややデラックス」ではムービーカメラを担当。 現在、大阪に在住し写真家として、バンド「アウトドアホームレス」としても活動中。 佐伯慎亮オフィシャルサイト → http://www.saekishinryo.com 今、アセンスでオススメしている写真集の1つ鷲尾和彦写真集『極東ホテル』 鷲尾和彦さんは作品を見て下さる方、写真集を販売している書店員とのコミュニケーションを大事に思ってくださいます。世界各国のたくさんの人々とのコミュニケーションをとってカタチとなった『極東ホテル』を通じて、さらに人々とのコミュニケーションを広めていかれるのですね。 ![]() Q1 なぜこのホテルに宿泊しようと思ったのでしょうか? なぜ、このホテルに宿泊するバックパッカーの方たちを撮ろうと思ったのですか? A 「ホテル」といっても、ここは元々、日雇い労働者向けの簡易宿ですので、三畳程度の個室がずらっと並んでいるだけの場所です。ドミトリーのような和やかな環境でもない。それに親しい故郷でもない、高揚感に包まれた異国の町の中でもない。この小さな個室はまるで無重力空間のようであり、そして全くのプライベートな場所です。ガイドブックやインターネットを駆使して様々な国からやって来ては通り過ぎていく彼らの姿をじっと見ていると、まるでここが「世界の中心」のように思えてきました。そして、高度に情報化したグローバル社会をも象徴しているように感じたのです。 ポートレート以外にも、部屋の様子、彼らがこの国で手に入れたもの、ホテルの周辺なども撮影しています。しかし、あえてポートレートだけに絞りました。周辺の情景や気分ではなく、見知らぬ「他者の存在」の向こうに、どこまで世界の広がりを感じられるか、想像できるのか、ということが僕が提示したい一番のテーマであり、そのことに挑みたかったからです。 それは、逆に言えば、「他者」を受け入れ、「他者」を想像する機会が、否が応にも閉じがちな今の社会に対する僕のステイトメントでもあり、そして今この時代に「写真」が出来ることの重要なテーマであると思っているからでもあるのです。 今も、このホテルに宿泊しに行くことを続けているのですか? A 2009年の秋以降、いったん離れています。写真集を刊行した直後の今は、僕自身このテーマを客観的に見つめる時でもあると思っています。しかし、ある時期を経て、再びまた「極東ホテル」に帰っていくことになる予感はしていますし、そうしたいと思っています。きっとその時には、また新しい人たちや、新しい流れにも出会うだろうし、新しいものが見えてくるでしょう。僕自身もすごく楽しみにしているんです。 GRAPH 北川一成さんによる他ではみない装幀への感想を聞かせてください。 A 写真そのものと、そこに映っている人々が持つ生々しさとをそのまま伝えること。それが北川さんと編集者である赤々舎の姫野さんと3人で考えたことでした。その結果、表紙もなく、終わりもない、というデザインになりました。 先日、ある大きな書店を訪れた時に、店頭で他の新刊写真集の間に並んでいるのを見て、「なんて繊細で、フラジャイルなことをしているんだろう」と感じました。そして、その時にこのデザインで良かった、と改めて思いました。繊細さ、フラジャイルさ、「出来上がり」ではなくて「過程」をそのまま投げ出すことは確かに物質的には「弱い存在」だと思います。しかし、それが僕自身のテーマと、写真家としての存在を鮮明にしている限りにおいて、その「弱さ」は、ひとつの「強さ」でもあると思います。 この写真集を観た方からの感想で印象的な言葉はありましたか? それはどういう言葉ですか? A 本当に様々な意見を頂いています。勿論、その中には批判的な意見もありますが、それも含めて様々な意見を聞けることは本当に嬉しく思います。特に最近お伺いして印象的だったのは、2つ。 「夜寝る前に何度も何度も見返します。まるでこの写真集の中に自分自身が溶け込んでいくような感覚を覚えます。」 そして「後ろについている何も書かれていない紙に、私は自分のセルフポートレートを貼って、自分がしてきた旅のことを書いてみたい。」という感想でした。 きっとこの写真集は、朽ちていくだろうし、ぼろぼろになったりしていくでしょう。 でもそこに、読者との親密が関係性が埋め込まれていって、いわば一緒に写真と読者とが旅に同乗していった結果、本が朽ちていくのなら、それは本望です。 今後、撮りたいものは何ですか? A 確かに具体的に興味のある対象はいくつもあります。『ネイバーフッド』という今住んでいる地域を撮り続けているシリーズ、別のポートレートのシリーズもあります。しかし、僕はどんな身近でささやかなものでも、それは永遠に心を掻き立てる物語を持ってこの世に存在しているように思います。何を「撮る」かということ以上に、何を「受けとる」か、ということ。僕はその意味で、とても受身だと思います。それがテーマとなり、プロジェクトとなるには、そこに幸運な出会うやタイミングがやっぱり必要な気がしています。そしてそんな幸運な出会いがやってきた時に、それを瞬時に受けとれるように、心の準備だけはいつでもしておくこと。その時新しい作品が生まれると思います。 好きな写真家はいらっしゃいますか? A エド・ヴァン・デル・エルスケン(Ed van der Elsken)、ダニー・ライアン(Danny Lyon)、 そして星野道夫さんの3人です。 書店に自身の写真集が並んでいるのを見て、一言お願いします。 A 「どうか末永くかわいがってやってください!」 出来る限り時間があれば直接書店の方ともお話出来ればと思って出かけています。写真集がなかな売れない時代ですが、僕自身はやっぱり「写真」の力を信じているし、作品や写真集を出せばいいというだけではないとも思っています。写真家や、写真集を届けたいと思っている書店の方が再び出会うことで、もっと多くの人に届く機会を丁寧に作っていければと思っています。実際に書店の方々とお話する中で、新しいアイデアも浮かんだりしますし。先日も「写真集やアート関連の売り場だけでなく、旅のガイドブック売り場などに置けないかな」というアイデアをお伺いしました。僕もそういう人にこそ手にとってもらいたいなと思っています。 ![]() 鷲尾和彦写真集『極東ホテル』 寄稿:池澤夏樹 装幀:北川一成 本文96ページ/日本語, 英語/25.2 x 18.4 x 2.8 cm/価格¥2,940 今ならサイン本をご用意できます。 ★アセンスウェブページへ <鷲尾和彦 わしお かずひこ> 写真家。兵庫県生まれ。早稲田大学教育学部社会科学専修卒業。 10代前半から音楽活動をはじめ、20代後半に初めてカメラを購入。独学で写真活動に取り組む。ガーディアン・ガーデン主催「フォトドキュメンタリーNIPPON」入選(2006年)など。 現在、写真家としての活動と並行し、株式会社博報堂のプロデューサーとして「環境」「サステナビリティ」をテーマにした多くの企画プロデュースを手掛けている。 鷲尾和彦オフィシャルサイト → http://www.washiokazuhiko.jp < 前のページ次のページ >
|